名古屋市名東区猪高台2-601 『東名テニスクラブ』(いだかテニス内 D・Eコート)
QLOOKアクセス解析
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
◇ 朝練その後
2011年11月20日 (日) | 編集 |
朝練を一緒にやっている友達が自営業で、早朝の練習時間がベストという事実があるので三日坊主に終わるかと思われた朝練はまだ続いています。
原則、月火木金の週4日。

用事など事情があれば中止というゆるいルールでやっているのも続く理由かな。
問題なのは夜明けがだんだん遅くなることで今日、明るくなったのは6時45分頃、遅い!

月日は早く過ぎて欲しくないけど、来月の冬至は早く来て欲しい。

昔なつかしの女優ナタリー・ウッドがヨットで事故死してから30年。
そのヨットの船長が『あれは事故死ではない』と今頃衝撃の発言をしたとか。

それなら犯人は一緒にいた夫のロバート・ワグナー? と思ったらやはり彼が疑われているらしい。
彼はもう81歳です。どうなるのでしょう。

CNNでもかなりとりあげています。
アメリカでは今でも忘れられていない大女優なんですね。

彼女の死も衝撃でしたが同じころ亡くなったロミー・シュナイダーの死もよく覚えています。
ナタリー・ウッドも彼女も私にとっては一世代上の女優ですが、子供のころから『ウエストサイドストーリー』のヒロイン、かたやアラン・ドロンの恋人としておなじみ(?)でした。

さすがに当時は、ロミーの『プリンセスシシー』シリーズは知りませんでした。
今思えばたいした時間差はないのですが。

今はめちゃくちゃアバウト。
この間、というのが十年まえだったり…。

それはさておき…
ナタリー・ウッドの今回の新事実発覚の報道で生年も事故死した年も同じくらいのロミー・シュナイダーを思い出しました。

今年になってCS放送でシシー(オーストリアの皇后・エリザベート)3部作を見ていたからかな。
いろいろな役を演じたい彼女にとっては「またシシー!?」って感じだったらしいですけどね。

彼女の人生も波乱万丈です。
シシーシリーズであっと言う間にドイツ語圏の清純派女優として人気者になったのに、その後共演したアラン・ドロンと恋に落ちて彼を追ってフランスへ。

そのころは子供でよくわからなかったけどこれはもう非難ごうごうだっただろうな。
敗戦で国土も心も傷ついたドイツ、オーストリア国民にとって古きよき時代のプリンセスを演じて希望の星となった彼女が、ヤクザなチャラ男を追っかけて国を捨てた(と思っただろう)わけですから。

その後アラン・ドロンとの破局(しかしずっとお互い想っていた…らしい)。
それからいろいろあって…本当にかわいそうな息子の事故死。

最後は睡眠薬の多量服用で亡くなりました。
亡くなったときはあれほどの大女優だったのにほぼ無一文だったとか(男を見る目がなかったということでしょうね)。

小さな作品ですがジャン・ルイ・トランチニャンとの『離愁』の彼女が大好きです。
彼女の為ならたとえ死が待ち受けているとわかっていても手を差し伸べずにはいられない。

そんなトランチニャンの気持ちになってしまうラストシーンは忘れられません。
もう一度見ろ、と言われたらつらい映画ですが。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
おおおお、中々オタクな日記ですね(汗)
今日はなんと言っても、天下分け目の大決戦(竜対鷹)!良い試合を期待しましょう!!
2011/11/20(Sun) 15:07 | URL  | ハルインフィジー #-[ 編集]
to HALさん
かなりオタク入ってます。
語らせれば…長くなります…。
2011/11/20(Sun) 19:09 | URL  | Jinjin #-[ 編集]
映画評論家なんてどう?
みんな自称なんだから。絶対いけると思う。
特に、古き良き時代映画評論家。
文章もしっかりしているし、今なら資料検索も
netでしっかりできる。なかなか居ないよそういう人。
2011/11/20(Sun) 20:10 | URL  | きょん #-[ 編集]
to きょん
じゃあ『自称映画評論家』なんて。
文章ならいくらでも出てくるけど、なかなかお仕事にはね。
2011/11/20(Sun) 21:33 | URL  | Jinjin #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
アクセス解析 フリー検索 登録検索 上位SEO方法
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。